はじめに
PepsiCo(ペプシコ)は、世界200以上の国と地域で事業を展開する食品・飲料業界の巨人です。
「ペプシコーラ」「ゲータレード」「フリトレー」など、誰もが知る著名ブランドを保有し、長年にわたって安定した業績を維持してきました。特に注目すべきは、53年連続で増配を続けている「配当王(Dividend King)」としての地位です。
しかし、2024年から2025年にかけて、同社の株価は大きく低迷しています。
本記事では、最新の決算動向、株価低迷の要因、そして投資家にとって重要な連続増配の持続可能性について詳しく分析していきます。
最新決算動向:期待と現実のギャップ
📊 主要財務指標の推移まとめ
- 📈 売上高:2020年の706億ドルから2024年の919億ドルへ成長(5年で+30%)
- 💰 EPS:2020年の5.12ドルから2024年の6.95ドルへ上昇(5年で+36%)
- ⚠️ 成長率鈍化:2024年の売上成長率は0.42%に低下
- 🎯 2025年見通し:EPSは横ばい予想、売上は低一桁成長見込み
2024年第4四半期決算(2025年2月発表)
2025年2月4日に発表された2024年第4四半期決算は、市場に複雑な印象を残しました。
主要指標:
- 売上高:277.8億ドル(前年同期比-0.3%)
- 調整後EPS:1.96ドル(市場予想1.94ドルを上回る)
- 純利益:15.2億ドル(前年同期13億ドルから増加)
決算の特徴は「利益は予想を上回ったが、売上高は期待を下回った」という点です。特に北米市場での需要減退が顕著で、5四半期連続での販売量減少となりました。
セグメント別の状況:
- フリトレー北米:販売量-3%
- ペプシコ飲料北米:販売量-3%
- クエーカーフーズ北米:販売量-6%(リコール問題の影響)
2025年第1四半期決算(2025年4月発表)
2025年4月24日に発表された第1四半期決算では、さらなる逆風が明らかになりました。
主要指標:
- 売上高:179.2億ドル(市場予想177.7億ドルを上回る)
- 調整後EPS:1.48ドル(市場予想1.49ドルを下回る)
- 純利益:18.3億ドル(前年同期20.4億ドルから-10%)
特に重要なのは、同社が2025年通期の利益見通しを大幅に下方修正したことです。従来の「中期的な一桁台半ばの成長」から「前年比ほぼ横ばい」へと修正され、市場に大きな失望を与えました。
株価低迷の要因分析
1. 消費者の節約志向の強まり
インフレーション圧力と高金利環境が続く中、消費者の購買行動に明確な変化が現れています。
ペプシコのCEOは「消費者が支出を抑制し、より安価なブランドに切り替えている」と述べており、プレミアム価格帯の商品を多く持つ同社にとって逆風となっています。
2. 北米市場の構造的な課題
北米市場は同社の売上高の過半を占める重要市場ですが、5四半期連続で販売量が減少しています。特に以下の要因が影響しています:
- 健康志向の高まりによる炭酸飲料離れ
- プライベートブランド商品への切り替え
- 外食から内食へのシフト(パンデミック後の反動)
3. 地政学的リスクと通商政策の不確実性
2025年に入り、新たな関税政策やサプライチェーンコストの上昇が懸念材料となっています。同社は「グローバルな通商環境の変化により、サプライチェーンコストが増加する」と警告しており、これが利益率への圧力となっています。
4. 中東でのボイコット運動
イスラエル・パレスチナ紛争に関連して、中東地域でアメリカ企業製品に対するボイコット運動が発生し、同地域での売上に影響を与えています。
5. 商品リコール問題:サルモネラ菌汚染による大規模回収
2023年12月から2024年初頭にかけて発生したクエーカーフーズの大規模リコールは、ペプシコにとって深刻な打撃となりました。
リコールの概要:
- 2023年12月15日:最初のリコール発表(グラノーラバーとシリアル中心)
- 2024年1月11日:リコール対象を40製品以上追加で拡大
- 最終的に100製品以上がリコール対象に
財務への影響:
第4四半期の同部門の販売量は-6%と、他部門を大きく下回る結果となっています。リコールによる直接的なコストに加え、ブランドイメージの毀損による長期的な影響も懸念されています。
連続増配53年の意義と持続可能性
配当王としての実績
ペプシコは1972年から53年連続で増配を続けており、S&P500企業の中でも「配当王(Dividend King)」と呼ばれる希少な存在です。2025年2月には年間配当を5.42ドルから5.69ドルへと5%増配することを発表し、53年連続の増配を達成しました。
現在の配当指標:
- 配当利回り:約4.0%(2025年6月時点)
- 配当性向:約76%(純利益ベース)
- 四半期配当:1.4225ドル/株(2025年6月支払い分)
配当の持続可能性分析
配当の持続可能性を評価する上で重要な要素を見てみましょう:
1. キャッシュフロー生成能力と配当支払いの関係
- 2024年の営業キャッシュフロー:125億ドル
- 資本支出:約58億ドル
- フリーキャッシュフロー:約67億ドル(125億ドル - 58億ドル)
- 年間配当支払額:約75億ドル(2024年実績)
ここで注目すべきは、フリーキャッシュフローが配当支払額をわずかに下回っているという点です。これは一見すると懸念材料に見えますが、ペプシコは以下の方法で対応しています。
配当支払いの財源:
- フリーキャッシュフロー:67億ドル
- 債務の活用:短期的な借入による資金調達
- 自社株買いの削減:2024年は10億ドル(2023年の20億ドルから半減)
実際、多くの成熟企業は配当と自社株買いを合わせた株主還元総額が一時的にFCFを上回ることがあり、これは必ずしも異常ではありません。
2. 財務健全性
- 負債対EBITDA比率:2.4倍(健全な水準)
- 信用格付け:A+(S&P)
- 配当性向:約76%(純利益ベース)
配当性向76%は歴史的平均と同水準であり、短期的な利益変動に対する緩衝材となる余地があります。
3. 事業の多角化
- 飲料と食品がほぼ均等な売上構成
- 地理的分散(米国と海外がほぼ半々)
- 20以上の10億ドルブランドを保有
これらの指標から、短期的には配当支払いがFCFを上回る状況ですが、健全な財務基盤と安定した事業構造により、配当の持続可能性は維持されていると評価できます。ただし、今後の業績改善とFCFの増加が、長期的な配当成長には不可欠です。
成長戦略と今後の展望
1. 国際市場への注力
北米市場の低迷を受けて、同社は国際市場、特に新興国市場での成長に注力しています。アジア太平洋、ラテンアメリカ、アフリカ・中東地域は依然として成長機会が大きく、これらの地域での市場シェア拡大が重要な戦略となっています。
具体的な取り組み:
- インドでの生産能力拡大(年間10億ドル規模の投資)
- アフリカでの流通網強化
- 東南アジアでの新商品投入加速
これらの地域では、中間層の拡大と都市化の進展により、パッケージ食品・飲料への需要が急速に高まっています。ペプシコは現地の嗜好に合わせた商品開発と、効率的な流通網の構築により、これらの成長機会を捉えようとしています。
健康志向商品の拡充
消費者の健康意識の高まりに対応して、以下の取り組みを強化しています:
飲料カテゴリー:
- 低糖質・ゼロカロリー飲料の拡大(ペプシゼロシュガー、ゲータレードゼロなど)
- 機能性飲料の開発(電解質補給、免疫サポートなど)
- 天然素材を使用したオーガニック飲料ライン
スナックカテゴリー:
- 全粒穀物を使用したスナック
- ベイクド(焼き菓子)タイプの商品展開
- 植物性タンパク質を使用した新商品
特に注目すべきは、2025年2月4日の第4四半期決算発表で明らかになったMountain Dew Baja Blastの成功です。この商品は2024年度に年間売上10億ドルを突破し、既存ブランドを活用しながら新しい味覚体験を提供することで成功を収めた好例となりました。
3. Eコマースとデジタル化
オンライン販売は既に10億ドルを超える規模に成長しており、今後も重要な成長チャネルとして投資を継続する予定です。
デジタル戦略の詳細:
- D2C(Direct to Consumer)プラットフォームの構築
- アマゾンなどのEコマース大手との戦略的提携
- デジタルマーケティングへの投資拡大
- AIを活用した需要予測と在庫最適化
- サブスクリプションモデルの導入検討
パンデミック以降、オンラインでの食品・飲料購入が定着しており、この傾向は今後も続くと予想されます。ペプシコは、デジタルチャネルを通じて消費者との直接的な関係構築を目指しています。
4. コスト削減と効率化
原材料コストの上昇に対応するため、生産性向上プログラムを継続的に実施し、利益率の改善を図っています。
具体的な施策:
- 自動化技術の導入による生産効率向上
- サプライチェーンの最適化
- 物流ネットワークの再編
これらの取り組みにより、年間数億ドル規模のコスト削減を実現し、利益率の改善に貢献しています。
バリュエーションと投資判断
現在のバリュエーション
- 株価:約130ドル(2025年6月時点)
- PER:約18.3倍(2025年予想EPSベース)
- 過去平均PER:約24倍
現在の株価は過去の平均バリュエーションを大きく下回っており、長期投資家にとっては魅力的な水準と言えるでしょう。アナリストコンセンサスでは、目標株価は163-170ドル程度とされており、現在の株価から20-30%程度の上昇余地があると見られています。
投資リスクと機会
リスク:
- 北米市場の継続的な低迷
- 原材料コストの上昇
- 為替変動リスク
- 規制強化(砂糖税など)
機会:
- 新興国市場での成長継続
- 健康志向商品の拡大
- バリュエーションの修正余地
- 安定した配当収入
なぜコカ・コーラとペプシコの株価パフォーマンスがこれほど違うのか?
2024-2025年の株価パフォーマンス比較
最近の株価動向を見ると、両社の明確な差が浮き彫りになっています:
コカ・コーラ(KO):
- 2025年初来:+17.06%(4月17日時点)
- 2024年:約+5%
- 52週最高値:74.38ドル(2025年4月達成)
- 現在の配当利回り:約2.7-3.1%
ペプシコ(PEP):
- 2025年初来:-11.58%
- 2024年:-10%以上の下落
- 52週最高値からの下落率:約22%
- 現在の配当利回り:約4.0%
この大きな乖離には、以下の構造的な要因があります。
1. 事業構成の違いによる影響
コカ・コーラの強み:
- 飲料事業に100%特化した純粋なビジネスモデル
- 高い営業利益率(約30% vs ペプシコの15%)
- 資産効率の高さ(フランチャイズモデル中心)
コカ・コーラは飲料濃縮液の製造・販売に特化し、ボトリング事業の多くをフランチャイズ化しています。これにより資産を軽く保ち、高い利益率を実現しています。
ペプシコの課題:
- 食品事業(特にスナック)が全体の50%を占める
- 北米スナック市場の低迷が全体の足を引っ張る
- より複雑なサプライチェーンとコスト構造
2. 成長率の違い
直近の四半期業績を比較すると、両社の成長力の差が明確です:
コカ・コーラ(2025年第1四半期):
- オーガニック売上高成長率:6%
- 価格/ミックス効果:5%成長
- 販売量:2%成長
ペプシコ(2025年第1四半期):
- オーガニック売上高成長率:1.2%
- 北米での販売量は引き続き減少
- 利益成長見通しを下方修正
この成長率の差は投資家の評価に直結しています。
3. 投資家の期待値の違い
コカ・コーラのPER(株価収益率)は24倍前後で取引されているのに対し、ペプシコは18倍程度と、明らかに割安な水準で取引されています。
この差は以下を反映しています:
- 成長性への期待の違い
- 事業の安定性に対する評価
- ブランド価値の認識差
4. 地域別エクスポージャーの違い
コカ・コーラ:
- より国際的な売上構成(海外比率が高い)
- 新興国市場での強いプレゼンス
- 為替リスクは高いが、成長機会も大きい
ペプシコ:
- 北米市場への依存度が高い(売上の過半)
- 北米の景気減速の影響を直接的に受ける
- 国際展開は進んでいるが、コカ・コーラに劣る
5. 投資家心理とモメンタム
株式市場では「勝者が勝ち続ける」傾向があり、コカ・コーラの好調な株価は更なる買いを呼び、ペプシコの低迷は売りを誘発する悪循環に陥っています。
コカ・コーラへの追い風:
- ウォーレン・バフェットの保有銘柄としての信頼性
- 安定的な業績による機関投資家の支持
ペプシコへの逆風:
- 業績見通しの下方修正による信頼の低下
- 2025年の利益成長見通しを「前年比ほぼ横ばい」に下方修正
投資家への示唆:逆張りの機会か?
現在の株価乖離は、長期投資家にとって興味深い状況を生み出しています:
ペプシコの投資妙味:
- 配当利回り4.0%はコカ・コーラの3.1%を大きく上回る
- PERの割安感(18倍 vs コカ・コーラの24倍)
- 事業の多角化によるリスク分散効果(逆にコングロマリットディスカウントも入っている)
- 52年連続増配の実績
リスク要因:
- 北米市場の回復時期の不透明性
- 食品事業の構造的課題
- 短期的な業績改善の遅れ
多くのアナリストは、現在のバリュエーション差は過度に拡大していると見ており、中長期的にはペプシコの割安感が修正される可能性を指摘しています。ただし、その時期については見解が分かれており、投資判断には慎重さが求められます。
日本の投資家にとっての投資メリット
1. 為替ヘッジの観点
円安傾向が続く中、ドル建て資産への投資は為替差益も期待できます。ペプシコのような安定した米国企業への投資は、資産の通貨分散という観点からも有効です。
2. 日本市場での存在感
ペプシコは日本でもサントリーとの合弁会社を通じて事業を展開しており、日本の消費者にも馴染み深い企業です。ペプシコーラ、ゲータレード、ドリトスなどの商品は日本でも人気があり、事業内容を理解しやすいという利点があります。
3. 配当の安定性
日本の低金利環境下では、4%という配当利回りは非常に魅力的です。また、52年連続増配という実績は、日本企業ではほとんど見られない長期的な株主還元への強いコミットメントを示しています。
まとめ:長期投資家への示唆
ペプシコは現在、複数の逆風に直面していますが、52年連続増配という実績が示すように、長期的な視点で見れば堅実な投資対象と言えるでしょう。特に以下の点が評価できます。
- 強固なブランドポートフォリオ:時代を超えて愛される複数のブランドを保有
- 財務健全性:健全なバランスシートと安定したキャッシュフロー
- 配当の信頼性:4%という魅力的な配当利回りと増配の継続性
- 割安なバリュエーション:歴史的に見て魅力的な株価水準
- 事業の多様性:飲料と食品のバランスが取れたポートフォリオ
短期的には北米市場の低迷や原材料コストの上昇といった課題がありますが、長期的な成長戦略の実行により、これらの逆風を乗り越えることが期待されます。
特に、国際市場での成長余地、健康志向商品への転換、デジタル化の推進など、将来の成長ドライバーは明確です。
現在の株価は130ドル前後で推移しており、過去の平均PER24倍に対して18倍程度と割安な水準にあります。アナリストの目標株価163-170ドルが実現すれば、20-30%の株価上昇に加えて、年間4%の配当収入が期待できます。
配当重視の長期投資家にとっては、現在の株価低迷は絶好の投資機会となる可能性があります。ただし、投資判断は個人の投資目標やリスク許容度に基づいて行うべきであり、十分な調査と検討が必要です。
ペプシコのような成熟企業への投資は、急成長は期待できないものの、安定した配当収入と緩やかな資産成長を求める投資家にとって適した選択肢と言えるでしょう。特に、老後資金の運用や、安定的なインカムゲインを求める投資家にとっては、検討に値する銘柄です。
53年という長い歴史の中で、ペプシコは数々の経済危機や市場の変動を乗り越えてきました。この実績は、今後も同社が困難な時期を乗り越え、株主価値を創造し続ける可能性が高いことを示唆しています。
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