結論：投資家が今すぐ取るべき行動
判断能力の低下が疑われると、金融機関が安全のため取引を停止する場合があります。本人の意思確認ができないと、株式も投資信託も売却は原則として受け付けられず、市場がどう動こうと対応が困難になります。
しかし多くの投資家がこのリスクを見落としています。2025年には65歳以上の5人に1人が認知症になる時代。投資家にとって最も重要な出口戦略は「判断能力があるうちに実行する」ことです。
50代から家族信託の設定、資産の簡素化、段階的な売却計画を始めることで、あなたの投資人生を自分の意思で完結させることができます。
認知症による資産凍結という見えないリスク
あなたが何十年もかけて構築してきた投資ポートフォリオ。慎重に選んだ銘柄、分散させたリスク、計算された配当戦略。しかし認知症という一つのリスクが、そのすべてを無力化する可能性があることをご存知でしょうか。
日本では2025年に約700万人が認知症を患うと予測されています。これは65歳以上の高齢者の実に5人に1人という数字です。もしあなたが50代以降で投資を行っているなら、この統計は決して他人事ではありません。なぜなら医師の診断がなくても、金融機関が判断能力の低下を疑った場合、安全のため口座取引が停止される可能性があるからです。
金融機関は顧客の資産を守る責任があります。そのため窓口での対応や取引の様子から判断能力の低下を察知すると、本人保護の観点から取引を停止する措置を取ることがあります。医師の診断書は必ずしも必要ではありません。
金融機関が「この人は判断能力が低下している可能性がある」と判断した時点で、あなたの投資家としての活動は大きく制限されるのです。
どれだけ市場を研究していても、どれだけ優れた投資判断ができても、その能力そのものが失われれば意味がありません。
本人の意思確認ができないと、市場が暴落しても損切りは原則として受け付けられず、絶好の買い場が来ても参加できず、保有株が急騰しても利確が困難になります。これが判断能力低下による資産取引制限の恐ろしい現実です。
投資判断能力が失われる3つの段階
認知症による判断力低下は、ある日突然訪れるわけではありません。段階的に、しかし確実に進行します。特に投資家として致命的なのは、本人も家族も気づかないうちに、投資判断能力が失われていく点です。
第一段階はMCI（軽度認知障害）と呼ばれる状態です。この段階では日常生活に大きな支障はなく、普通に会話もできます。しかし複雑な金融商品の理解が困難になり、投資判断の精度が落ち始めます。
暗証番号を忘れることが増え、以前なら当然できていた収益計算やリスク評価に時間がかかるようになります。65歳以上の15.5%がこの状態にあり、年間5〜15%が認知症に進行します。重要なのは、この段階では周囲が「少し物忘れが増えた程度」としか認識していないことです。
第二段階は軽度認知症の初期です。ここまで進むと、通常の預金引出しでさえ判断が難しくなります。金融機関の窓口で氏名や生年月日を正確に答えられず、書類への署名が不正確になります。
株式の売買タイミングを判断する能力は完全に失われ、投資家としての実質的な機能は停止します。この段階で金融機関が認知症を察知すると、口座凍結の措置が取られるのです。
第三段階まで進むと、金銭概念そのものが失われ、意思確認が完全に不可能になります。ただし投資家にとって致命的なのは、第二段階に到達した時点で既に手遅れだという事実です。
なぜなら家族信託などの事前対策は、本人の判断能力が残っている段階でしか実行できないからです。
興味深いことに、アルツハイマー型認知症の場合、発症する20〜30年前から脳内に原因物質が蓄積し始めるとされています。つまり70歳で認知症を発症した人は、40代後半から既に脳の変化が始まっていた可能性があります。予防と対策は早すぎるということはないのです。
口座凍結が投資家にもたらす5つの深刻な影響
判断能力低下による口座取引の制限は、単に「お金を引き出せなくなる」だけではありません。投資家としてのすべての活動が停止し、市場での対応力を完全に失います。
最も深刻なのは、保有している株式や投資信託の売却が原則として受け付けられなくなることです。これは相場が好調な時も、暴落している時も同じです。
2008年のリーマンショックのような金融危機が起きても、本人の意思確認ができない状態では、あなたのポートフォリオは身動きが取れないまま含み損を抱え続ける可能性があります。長年保有していた株が業績悪化で急落しても損切りが困難で、逆に急騰して絶好の利確タイミングが訪れても対応できない状況に陥ります。
投資家にとって最も重要な「売るタイミング」を完全に失うのです。
新規投資や追加購入も不可能になります。魅力的な銘柄が現れても、市場が大底をつけても、あなたはもう参加できません。配当再投資すらできなくなる可能性があります。投資機会を永久に失うのです。
証券口座だけでなく、銀行の定期預金も原則として本人確認なしでは解約できません。ただし2021年に全国銀行協会が「預金者の意思確認ができない場合の預金の払戻しに関する考え方」を示し、介護費用や医療費などの緊急時に限り、一定条件下で家族による払出しを認める場合があります。
しかし実際の運用は金融機関によって異なり、多くの場合は成年後見制度の利用を求められるのが実情です。認知症の介護には月8万円以上かかるとされていますが、その費用を自分の預金からスムーズに引き出せない可能性があるのです。
さらに認知症になると、生前贈与や遺言書の作成といった相続対策も不可能になります。判断能力がない状態での法律行為は無効とされるため、どれだけ緻密な相続プランを考えていても実行に移せません。相続税対策も財産の組み替えもできず、家族に余計な負担を残すことになります。
「家族なら代わりに売却できるのでは？」と考える人も多いでしょう。しかし現実は違います。たとえ配偶者や子供であっても、本人の同意なしに資産を動かすことは原則としてできません。
家族が本人のキャッシュカードで無断で引き出しを続けると、窃盗罪や横領罪に問われる可能性さえあります。
全国銀行協会が2021年に「預金者の意思確認ができない場合の預金の払戻しに関する考え方」を公表し、介護費用などの緊急時に限り一定条件下で家族による引出しを容認する指針を示しましたが、実際の運用は金融機関ごとに大きく異なり、多くの場合は成年後見制度の利用を求められます。
成年後見制度という主要な選択肢とその限界
一度判断能力を失ってしまうと、凍結された口座を合法的に動かす主要な手段は成年後見制度です。しかしこの制度には、投資家にとって極めて厳しい制約があります。
成年後見制度は、判断能力が不十分な人の財産と権利を守るための法的な仕組みです。家庭裁判所が選任した成年後見人が、本人に代わって財産管理や契約行為を行います。一見すると合理的な制度に思えますが、実態は投資家の期待とは大きくかけ離れています。
最も重要な事実は、後見人に選ばれるのは家族ではなく、弁護士や司法書士などの専門家が約80%を占めるという点です。裁判所のデータによれば、親族が後見人に選任されるのはわずか19.1%に過ぎません。
つまりあなたの家族があなたの資産を管理できる可能性は極めて低いのです。なぜ専門家が選ばれるのか。それは家族間での財産トラブルを防ぐためです。実際、親族が後見人になった場合、使い込みや不適切な管理が発覚するケースが後を絶ちません。
成年後見制度の最大の問題は、積極的な投資や資産運用が原則として禁止されることです。後見人の役割は「本人の財産を守る」ことであり「増やす」ことではありません。
株式投資、投資信託、不動産投資といったリスクを伴う運用は、たとえ本人が生前から行っていても基本的に認められません。あなたが長年かけて構築してきた投資ポートフォリオは、後見人によって段階的に解消される可能性が高いのです。
市場のタイミングなど関係なく「安全な資産」への組み替えが進められます。
費用負担も深刻です。成年後見人への報酬は月額2〜6万円程度ですが、これは本人が亡くなるまで続くのが一般的です。仮に月4万円として80歳から95歳までの15年間では、総額720万円もの費用が発生します。
管理する財産が1,000万円を超える場合、報酬はさらに高額になります。しかも成年後見制度は原則として長期継続が前提であり、一度始めると簡単にはやめられません。症状が改善しても、制度の終了には裁判所の許可が必要で、そのハードルは非常に高いのが実情です。
これらの問題を反映してか、成年後見制度の利用率は驚くほど低いのが実態です。2020年時点で認知症患者が約602万人いるのに対し、制度の利用者は約23万件、つまりわずか3.8%しか利用していません。
多くの家族が「使いにくい制度」と感じているからこそ、この数字になっているのでしょう。
判断能力があるうちに実行すべき出口戦略
ここまで認知症による資産凍結の恐ろしさを見てきました。では投資家はどのような対策を取るべきなのでしょうか。答えは明確です。判断能力があるうちに、計画的な出口戦略を実行することです。
家族信託で認知症後も資産管理を可能に
最も有効な対策の一つが家族信託です。これは元気なうちに信頼できる家族（多くは子供）に財産の管理を任せる契約を結ぶ仕組みです。
家族信託の最大のメリットは、認知症になった後も家族が柔軟に資産を管理できる点にあります。成年後見制度と違い、裁判所の監督は不要で、本人の意向に沿った投資や運用も可能です。
具体的には、あなた（委託者）が子供（受託者）に株式や投資信託を信託し、子供がそれを管理・運用します。
配当や売却益はあなた（受益者）が受け取ります。認知症になっても、子供が引き続き市場の状況を見ながら適切に売買を行えるわけです。株式や投資信託も信託財産に含めることができ、証券会社は野村證券や大和証券など大手が対応しています。
ただし注意点もあります。対応している証券会社は限られており、信託すると株式の保有期間がリセットされるため長期保有の株主優待は一旦失われます。
また契約書の作成に司法書士などの専門家費用（20〜50万円程度）が初期費用として必要です。それでも成年後見制度の生涯にわたる費用負担や制約を考えれば、家族信託は投資家にとって極めて有効な選択肢と言えます。
資産の簡素化で管理負担を軽減
もう一つの重要な戦略が、ポートフォリオの簡素化です。複雑な投資商品を多数保有していると、認知機能が低下した時に管理が困難になります。また万が一の際に家族が状況を把握できなくなるリスクもあります。
60代に入ったら、保有する銘柄数を絞り込むことを検討すべきです。個別株を20銘柄も30銘柄も持っているなら、本当に必要なコア銘柄だけに集約します。
投資信託も、似たようなファンドを複数持つのではなく、バランス型や全世界株式インデックスなど、シンプルで管理しやすい商品に統合していきます。海外の口座や複雑なデリバティブ商品は、この時期に整理しておくべきでしょう。
証券会社も複数に分散しているなら、できれば1〜2社に集約します。資産の全体像が把握しやすくなり、家族にとっても管理が容易になります。相続が発生した際、家族が資産の存在すら把握できず放置されてしまうケースが実際に多発しているのです。
定期売却と段階的リスク削減
出口戦略として最も推奨されるのが、定期売却による段階的な資産取り崩しです。一度に全額を売却してしまうと、そのタイミングが市場の底だった場合に大きな損失を被ります。定期売却には定額で取り崩す方法と定率で取り崩す方法があります。
定率での取り崩しは「4%ルール」として知られ、資産寿命を延ばす効果があります。これは米国の研究に基づく経験則で、資産残高に対して年4%を取り崩すことで、資産が減れば取り崩し額も減るため、完全に資産が尽きるリスクを下げられるというものです。
ただし、この数値は海外でよく使われる目安であり、日本では低金利環境や個人の資産状況、必要な生活費に合わせて調整が必要です。市場が好調な時は多めに、不調な時は少なめに取り崩すことになり、結果として時間分散の効果も得られるのです。
年齢とともにリスク許容度は下がるべきです。一般的な目安として「100マイナス年齢」を株式比率とする考え方があります。これも海外でよく使われる経験則で、60歳なら株式40%、債券・現金60%といった具合です。
ただしこれはあくまで一つの指標に過ぎず、日本では個人の資産状況、必要な生活費、年金収入の有無などによって大きく調整すべきです。重要なのは、認知機能が衰える前に徐々にリスクを下げていく計画を立てることです。
市場が好調な時に少しずつ利益確定し、債券や現金にシフトしていきます。
年齢別の認知症対策スケジュール
具体的に何歳から何を始めればよいのか、年齢別の準備ロードマップを示します。
50〜55歳：準備開始の黄金期
この時期はまだ認知症リスクは低いものの、準備を始める適齢期です。アルツハイマー型認知症の原因物質は発症の20年前から蓄積し始めるため、決して早すぎることはありません。
まず行うべきは現在の投資ポートフォリオの棚卸しです。どこにどれだけの資産があるのか、すべてリスト化します。証券口座が複数ある場合は集約を検討し、家族にも資産の全体像を共有しておきます。
認知症対策について情報収集を始め、家族信託や任意後見制度といった選択肢を知り、自分に合った方法を検討します。この段階で一度、専門家（ファイナンシャルプランナーや司法書士）に相談するのも有効です。
生活習慣病の予防にも本格的に取り組むべき時期です。高血圧や糖尿病は認知症のリスク要因となるため、健康診断を定期的に受け、異常があれば治療を開始します。
55〜60歳：対策実行の本格化
この時期から具体的なアクションを起こします。家族信託を利用するなら、司法書士などの専門家と相談して契約書の作成を進めます。信託に対応した証券会社に口座を開設し、主要な投資資産を信託財産として移管します。
投資面では出口戦略の具体化を進め、何歳からどのように資産を取り崩すのか、リスク資産の比率をどう調整するのか、数値を含めた計画を立てます。
この計画は家族とも共有し、万が一の際に家族が方針を理解できるようにしておきます。ポートフォリオの簡素化も開始します。不要な個別株は売却し、コア銘柄に集約します。複数持っている投資信託も、シンプルな商品に統合していきます。
60〜65歳：出口戦略の実行開始
この年代は多くの人が定年を迎え、資産形成から資産活用へと移行する時期です。投資においても、積極的な運用から守りの運用へとシフトします。家族信託をまだ設定していないなら、この時期が最後のチャンスかもしれません。65歳を過ぎると認知機能の低下リスクが高まるため、早めの対応が必要です。
定期売却を開始するなら、この時期からです。年金収入だけでは不足する生活費を、計画的に投資資産から取り崩していきます。売却の自動化サービスを利用すれば、毎月決まった額を機械的に売却できます。
リスク資産の比率も段階的に下げていきます。株式70%だったポートフォリオを5年かけて50%まで下げるといった計画を実行し、市場が好調な時に少しずつ利益確定していくのです。
65〜70歳：シンプル化の徹底
65歳を超えると、認知症リスクは統計的に上昇し始めます。70〜74歳での有病率は4.1%、75〜79歳では13.6%まで跳ね上がります。この時期の最大の目標は、管理しやすい資産構成を維持することです。投資商品はできる限りシンプルにします。複数の証券会社に分散している資産は、できれば1〜2社に集約します。
個別株投資を続けるなら、せいぜい5〜10銘柄程度に絞ります。投資信託もバランス型1本など、極力シンプルな構成を目指します。
認知機能のチェックも重要です。もの忘れが増えた、同じことを繰り返し聞く、計算に時間がかかるといった変化があれば、早めに「もの忘れ外来」を受診します。MCI（軽度認知障害）の段階で発見できれば、適切な治療で進行を遅らせられる可能性があります。
70歳以降：維持と見守り
70代以降は新たな投資判断を極力減らし、既存の資産を計画通りに取り崩していく時期です。複雑な投資商品の購入は避け、安全性の高い資産を中心に保有します。家族による見守りも重要になります。
通帳や取引明細を家族が定期的に確認し、不審な取引がないかチェックします。高齢者を狙った詐欺や不適切な金融商品の販売は後を絶たないため、家族の目が防波堤になるのです。
今日から始める認知症対策
長年かけて築いた投資資産も、認知症による判断力低下という一つのリスクで、すべてが台無しになる可能性があります。市場リスクをヘッジすることには熱心でも、自分自身の認知機能リスクを見落としている投資家は驚くほど多いのです。
重要なポイントをもう一度確認しましょう。判断能力の低下が疑われると、証券口座の取引は停止され、本人の意思確認ができない状態では株式も投資信託も売却は原則として受け付けられなくなります。
市場がどう動こうと、あなたはもう投資家としての判断を下せません。家族も勝手に売却できず、成年後見制度を利用しても積極的な運用は原則として認められません。
だからこそ判断能力があるうちに対策を講じることが絶対に必要です。家族信託の設定、ポートフォリオの簡素化、定期売却の開始、リスク資産の段階的削減。これらはすべて50代から計画的に進めるべき出口戦略なのです。
認知症対策は、投資における最後の、そして最も重要なリスクマネジメントです。「まだ早い」と先延ばしにせず、今日から行動を始めてください。
あなたの投資人生の最終章を、自分の意思でコントロールするために。あなたの資産を守れるのは、今のあなただけです。
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