2015/11/08

愛犬との離別

犬が大嫌いでした。

何故って?よその犬に噛まれたんです。小さい頃の思い出は大体忘れていますが、その時の思い出は根深く残っています。それまでもあまり好きではなかったのですが、それ以降見るのも嫌になりました。

そんな私が犬飼を飼いました。十年以上前の話ですが、可愛い1匹の雌犬でした。後にも先にも私が飼った動物はその1匹だけです。

小学生から社会人成り立て迄飼っていたのですが、犬嫌い少年が一匹の犬を飼っていた昔話をします。

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キッカケは些細なことでした

飼うキッカケは些細なことでした。ペット系のTV番組を見て「犬欲しい!」と弟達が大合唱していた記憶があります。

大反対した思い出があります(苦笑弟達の粘りに負けたんだと思います。父の知り合いのブリーダーさんから1匹の犬を譲ってもらいました。可愛い雌コリーです。

生まれたばっかりだったので、非常に小さくて非常に可愛いらしかったです。譲ってもらって名前決め会議です。「メアリー!」「いやミューズのが良くない?」「いやいやマリーだろう」と家族で名付け親になる!というバトルが勃発していました。

小さい時に犬に噛まれてトラウマな私の心の中を読み解くと〈どの名前でもいいやん・・・〉です。そんな状態だったので、私一人TVを見ながらコタツに入って栗を食べていました。

半分ほど栗を食べた時でしょうか?ふと頭の中にポツンと閃いたんです。

「リクはどう?」

栗を反対にしただけだったんですが、嫌がらせもあって「リクリク」連呼していました。みんな別な名前を付けたかったみたいですが、私が連呼するので釣られて「リク」って言っちゃう始末。そのままなし崩し的に「リク」で名前が決まっちゃいました。

今思うと雌犬なのに何故男っぽい名前付けたのか、申し訳ない気持ちで一杯です。

和解

飼ってからも当初は近づくこともしなかったです。犬=噛まれる=怖いという意識があったのでしょう。

ある日学校から帰ってきて、リクとお留守番することになりました。遠巻きにリクが餌を食べたり、おもちゃで遊んだりしているのを眺めていました。

暫くして、リクの方からヨチヨチ歩きで私の方へ近づいてきました。そして、私の顔をペロッて舐めたんです。

生まれたばかりの子犬ってホントに可愛いんですよ。つぶらな瞳をしながら擦り寄ってくるので、ツイツイ心を許しちゃいます。それも近づいてきて、ペロペロ顔を舐められた時には、子供ながらに嬉しかったです。

子供って現金なもので、180度リクへの態度が変わりました。帰ってきた時にはいつも一緒で、弟達と取り合いになっていました。

いつしか母親まかせになった日々

どこの家でもそうだと思いますが、小さい時に犬を飼うと結局親まかせになる所が少なからずあります。

我が家も最初は兄弟で散歩・餌やりと世話をやっていましたが、1年もすると何から何迄母親任せです。子供に「犬欲しい」とお願いされているお父さん・お母さん。

自分たちが最終的に責任もって世話できる覚悟がないと飼っちゃダメです。

最近は世話できないから捨てたり、役所に持っていったりする方が多いですが、ホント辞めてあげて下さい。犬って思っているよりもお金と時間と覚悟を費やす必要があります。

予防接種・入院・旅行不在時のペットホテル代・カット代エトセトラ。室内犬じゃなかったら朝晩の散歩は必ず必要。怠けると最悪膀胱炎になります。(なりかけました・・・)

病気になったら付きっきりで介護は人間と変わりないです。

何度も言いますが、夢で買わないで下さい。ホントに覚悟がありますか?

リクの家庭内番付

母親任せにしていたのもあって、リクの家庭内番付は母→父→私→リク→弟達に自然になっていきました。犬って自分より順位の上の人間には非常に懐っこいのですが、下と見ると子分扱いです。(苦笑

私はまだ帰ってきたら嬉しそうに尻尾振って近寄ってきました。毛だらけになる以外は可愛いなぁで済みましたが、弟達は大変です。

噛み付く勢いで寄ってきて、ボール投げろやらロープで引っ張り合いしろやら、色々割に合わない場面に遭遇しました。犬を飼われる場合は、最初の躾は大事です。我が家は失敗した口です。

歩けない!?

それから十数年後、若い時には病気という病気をしていなかったリクですが、突然歩けなくなりました。最初は年寄りになってきたんだなぁと見守っていたのですが、足もしこりができてくるような状況です。

病院に連れて行った所、リンパ系の癌と診断されました。

歩行しようとしてフラフラ立ち上がるんだけど、歩くこともままならない状況・・・自慢の毛並みも薬の影響か所々抜け落ちていました。

そこから必死の看病です。何とか助けられないかと手術で取れる所とったり、セカンドオピニオンで違う病院に通ったり、癌に効くという食品があれば何とか食べさせたりしていました。

「犬にそこまでやらなくても」って方多くいるはずです。ただ当人達にとっては家族であり、人間と同じなんですよ。10年以上も寄り添ってくれたかけがえの無い家族です。

懸命の努力を続けましたが、終わりは刻一刻と迫ってきました。

余命数日の宣告

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その日はリクの定期検診日でした。いつものように母親とリクを車に載せて、日頃お世話になっている動物診療所に行きました。

歩けないリクを抱えながら、診察室迄連れて行った記憶があります。主治医の獣医さんは一通り診察をしてこう言われました。

「ここまでリクちゃん頑張ってきたけど、ソロソロ難しい時期にきています。徐々に痛み止めの量を増やしていきましょう。持って数日だと思います

あぁついに来たかと。

聞いた時は感情が追いつかないのですが、病院出て車に乗り込むくらいから一気にきました。車内では二人共会話はなく、母親はずっとリクを抱きしめて涙ぐんでいました。

こういう時って私も一緒に涙ぐむ所なのでしょうが、出ないんですよ涙当時感情が追いついてないのか、鈍感なのか分からないですが普段涙出さないんで流し方が分からなかったんです。

家に帰ってからもお通夜状態。まだリクは生きていて必死に頑張っているんですが、張り詰めたものが切れちゃったんでしょうね。

その日は家族全員が元気なかったです。その日から痛み止めの量を増やしていったので、リクは朦朧とした状態で目を開けたり閉じたりするくらいで、いつもグッタリしていました。

私も社会人になっていたので、平日は朝・晩顔を合わす程度でしたが日々弱ってるの分かっているリクを置いて、仕事に出掛けるのが辛かったです。

そして、その時がやってきました。

別れ

獣医から宣告を受けて数日経ったある日、私がたまたま早く家に帰れました。リクの様子を見ようとスーツ上着を掛けて、見に行くと閉じていた両目を見開いてこちらを凝視していました。

あれおかしいな?って思って近づいていってもジーっとこちらを見続けていました。まるで「お前の帰ってくるのを待っていたんだ」と言わんばかりに必死でこちらを向いていました。

暫くこちらを見続けていたかと思うと、急に体を強ばらせてフルフルと震えだしました。おかしい!と思って家族を呼びました。

家族の見守る中、暫く震え続けた後肩の力が抜けたように全身脱力後失禁しました。誰かを看取った方なら分かると思うのですが、人間の最後と同じような感じで亡くなりました。

ありがとう

naku

しんどいのに最後に私を待っていてくれたんだなとー思いだすと、もうダメでした。

涙なんて流さないってさっき書いていただろ!って言われそうですが、ホントに悲しい時って自然に流れるものなんです。会ったばかりに栗食べていたから、「リク」って名前つけたことや散歩引っ張り回したりしたこと。

次から次へと良い思い出から悪い思い出迄、いっぺんに走馬灯のような感じで押し寄せてきました。小さい子供みたいに泣いていましたね。

今の今まで重い蓋をして記憶の彼方に封じていたのですが、いい機会なのでブログに書いてみました。書いている途中も思い出して、ウルッときたのは内緒です。

リクへ

本当にありがとう。また会う日迄元気に走りまわっていてね!

 

おしまい